この小説のあらすじを語ることは、著者である僕にとっても、非常に難しい。ものすごく簡単に言えば、
男と女が出会い、ともに北海道を旅しながら恋をして、互いの理解を深め成長していく物語、ということに
なってしまう。
もちろんそれだけでは不完全すぎる説明だし、恋愛小説とか、旅小説にくくってしまうのも違う気持ちがする。
これは理想を求める人生の物語だ、と言うのが、多分に抽象的ではあるが、一番納得できる説明となる。
主人公である海(かい)も優里(ゆり)も、ただもうひたすら自分の正しいと信じる道を歩く。たとえそれが
周りの人間から否定されようと、神から間違いだと言われようともかまわない。自分の心にのみ従って、世界で
一番自由だと思える旅を続けていくのだ。
そんな二人の人生哲学こそが、物語の骨格を造っていると言っていい。言い換えればこれは、哲学書であり
自己啓発書だ。美しく楽しく生きたいと思い、行動することによって、結果的に二人は良い人間となっているが、
良い人間であらねばならないと思っているわけではない。二人とも何にも束縛されることなく、時には無法とも
思えるほどの行動をする。そのくせそこには底抜けの明るさがあるために、天からの祝福さえ勝ち取るような
不思議な正当さが出現してしまうのだ。
結局、小説とはまず、主人公の行動を描くものであると思う。心理描写はそれに付随するものでいい。
この物語はかなり細かな心理描写をしているが、それ以上に登場人物たちの行動の連続だ。
北海道の誰も知らないような大自然を旅する彼らとともに、読者は現実の風景を見て、自分もその只中にいる
気持ちになるだろう。そうしていつの間にか、颯爽として痛快な行動をする旅人となっているはずだ。
しかしながら、物語が急転する第四編からが『夏の翼』の本領である。「相思相愛 編」というタイトルには、
少々逆説的な意味を込めている。そもそも僕は、愛という言葉が好きではない。今の時代、あまりにも簡単に
誰もが使い、何でもかんでも愛と名づけたり、恥ずかしげもなく口に出すのを、いい気持ちで受け止めていない。
自分の小説の主人公に「愛してる」というセリフを言わせるのも嫌だと思っているくらいだ。
だが最終章に入って、これは愛の物語以外の何物でもなくなる。そしてまた、神の正体さえ解き明かそうとする
禁断の域に立ち入っていく。
読者はくれぐれも覚悟してほしい。この物語がその終着点に帰結するとき、なぜこれほどまでに長大な文章が
必要だったかを、雪崩を受け止めるような衝撃で悟る必要があるからだ。
そしてラストシーンに至る壮大な仕掛けに気づいたとき、再びこの物語を初めから読み返したくなるはずだ。
永遠の循環をする物語は、生涯忘れられないものとなり、きっとあなたの人生を豊かなものにしてくれるだろう。
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